うちの母は2年ほど前にアルツハイマー病と診断され、以来、だんだんと認知能力が衰えてきている。
老人なので、『私の中の消しゴム』とか『大恋愛〜僕を忘れる君と』みたいに急激ではないけれど、日々色々なことがちょっとずつできなくなっている。
最初は、スマホの扱いだった。
それまでLINEや通話などは問題なく使えていたが、今は、電話の出方、かけ方がよくわからなくなっている。
LINEメッセージのやりとりも、できたり、できなかったり、だ。
それから、献立をつくるのが困難になった。
料理自体は手が覚えているのか、まだできるのだが、献立を日がな一日考えているようになり、
レシピ本と顔をつき合わせていることが多くなった。
最近はそれもやめてしまい、料理レパートリーも3パターンくらいになっていて、それを繰り返し作っている。
買い物は、どんどんおかしくなっていった。
とにかく同じものばかり買ってきて、肝心なものを買ってこない。
冷蔵庫の中には、豆腐や卵、納豆、牛乳がいくついくつもも入っていて、どんどん賞味期限が切れていく。
玉ねぎやじゃがいもの入ったかごには、気がつくと、こばえが飛ぶようになった。
この辺りで、少し生活支援が必要になってきて、食材の賞味期限チェックと廃棄が、私の仕事になる。
家事は私が全部やることにしたほうがむしろ楽なのだが、そうなれば母はやることがなくなり、生きがいを失って痴呆が加速するのではと思ってしまう。それは、避けたい。
だから、できるだけ支援しつつ、できる限りはやってもらおうと思っている。
会話は、1事象について1感想くらいしか持てないので、それを繰り返し話している。
こちらの話を聞いたり、悩みを聞いたりすることは、意外とできたりする。
自分から何かを思ったり考えたりすることが難しいようだ。
とはいえ、私も毎日話題を提供できるわけでもなく、黙ってテレビを見ていることも多くなった。
外出は、知っているところへなら一人で電車に乗って行ける。
あまり知らない場所に行こうとすると、複雑化した暗号のような謎のメモが出来上がっていたりするので、基本的には送っていくようにしている。
身支度にはとても時間がかかるようになった。
着る物も持っていく物も、判断に時間がかかり、遅刻しがちになった。
時々、「とても調子が悪い」と言う日がある。
頭がはっきりしない、らしい。
そういう時は本当に、痛々しい。
どんどんわからなくなっていくって、どんな気持ちだろう、と思う。
ボケたら何もわからないから幸せ、みたいなことを言う人いるが、少なくとも途中経過は苦しそうだ。
わからないということがわかるうちは、辛くて、不安だろうと思う。
そんな折、妹が不意にきた。
「ご飯ある?」と気軽に聞くので、そんな状況ではないから何か買ってこいと言ったら、自分の分のハンバーガーセットを1つ買ってきた。
もう少し、母も一緒に食べられるものにできなかったのか、と咎めそうになるが、来てくれるだけでも母も嬉しいだろうと、目を瞑る。
しばらくして、母が妹にちょっとした嫌味を言った。
母は容姿にうるさい人で、化粧が濃いとか服がだらしないとか、昔から色々というのだ。
それについては、私も妹も長年やめてほしいとは思ってきたが、習性なのか治らない。
「ママって、いっつもそう。どうしてそういう嫌なこと言うの?」
不機嫌になって母を責める妹に、母はただ小さくなって、「ごめんなさい」とあやまった。
妹はまだ母を追求しようとするのだが、もう母に、それを理解することはできない。
私は、その妹の様子を見て、めんどくさいなーと思いつつ、なんだか微笑ましくもあると思いつつ、やっぱり寂しいな、と思っていた。

何をもめてるにゃ?
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